人間としての尊厳をもち毅然と生きたたかってきた姿に学ぶ
―栗生楽泉園を訪ねて―

 群馬自主の会では、毎年数回草津にある国立ハンセン病療養所、栗生楽泉園を訪問し自治会長の藤田三四郎さんと交流しています。
 藤田会長とは20年来のお付き合いがあります。会長の自宅で食事をごちそうになるなど、家族ぐるみのおつきあいです。
 新薬の治療により、完治したにもかかわらず隔離された生活をおくるなかでも、人間としての尊厳をもち、毅然と生きたたかってきた姿に接し、多くのことを学ぶことができます。
 今回の7月9日の訪問では、群馬自主の会、退職女性教職員の会、知的障害者の放課後等デイサービス事業所などから13名が参加し、交流を深めています。

精力的に活動される藤田会長

 藤田会長は現在91歳ですが、県内外に出かけていき、ハンセン病患者が差別されてきた歴史、自治会を組織し、人間として生きる権利を獲得するためにたたかってきた歴史や現状、未来について多くの人たちに伝えています。
 会長は、あとの世代にハンセン病のさまざまな歴史を伝え、その教訓を引継ぎたいという強い思いがあります。*

一枚の絵画に描かれた思い

 栗生楽泉園を初めて訪れた方がいたため、ハンセン病問題の初歩的な歴史が学習できる交流館と重監房資料館を見学しました。
 そこには、過酷な療養所で生活せざるをえないなかでも、心豊かに生きようとする人たちの営みが表現されている俳句や短歌、詩などの文学作品、また絵画などの美術作品が展示されていました。
 わたしは、作品のなかの一枚の絵画に目をうばわれました。
 大きなキャンバスには夫婦と子どもが手をつなぎ、歩く姿が描かれていました。
 療養所内では患者同士で結婚することもありました。しかし、ハンセン病を撲滅するといった理由で、理不尽にも男性は断種を余儀なくされ、女性は堕胎させられたという歴史がありました。
 楽しそうであたたかい家族の姿が描かれている油絵には、作者の思いや願いがこめられていると思いました。

引き取られない遺骨

 故郷や家族に引き取られない遺骨が納められている納骨堂があります。そのまえには『命カエシテ』という文字が刻まれた石碑が建立されています。
 会長の話では、現在療養所で生活している元患者の平均年齢は86.8歳で、76人とのことです。高齢化がすすみ、病気で亡くなっていく方が年々増えています。
 ハンセン病を患ったがゆえに、社会から隔離され、家族からも引き離されて生きざるをえませんでした。
 また国が隔離政策のあやまりを謝罪し、患者の名誉回復もなされましたが、いまだに地域社会で生きることの困難さがあり、療養所にほとんどの元患者がとどまっているという現実があります。

将来構想を実現し誰もが豊かな人生を

 自治会では、広大な国有地である療養所の跡地の将来構想を地元草津町と協議をかさね、優良な温泉がわきでる地域の特性を生かして、高齢者の施設やリハビリ施設、障害者が宿泊できる施設などをつくることで一致しています。
しかし、厚労省は認めておらず、今後も働きかけていくとのことでした。
 今回初めて楽泉園を訪れた退職女性教職員の人から、聞くこと見るもの、知らないことばかりで、もっと早く知っておくべきだったという感想が多く寄せられました。
 退職女性教職員の人から、今度、研修旅行で楽泉園を訪問し、藤田会長の話を多くの人たちに聞いてもらうようにしたとの連絡がありました。
 これからも、人としての思いを大切にしながら、地域でのなかまづくりやつながりを広げていき役に立っていきたいと思っています。

(藤井保仁) 自主の旗 №229より抜粋