展望

すべての国の自主権と生存権は尊重されなければならない

 10月26日、国連総会第一委員会(軍縮・安全保障)は日本が先導し提出していた核兵器全廃をめざす決議案を賛成多数で採択しました。
 日本は核兵器を廃絶することを目的にしたのではなく、決議のなかに朝鮮の核実験を非難する文言を盛り込むために核兵器全廃決議案を提案するという欺瞞的な対応をしました。
 決議の基本理念は核兵器を全面的に全廃するというものであり、世界の国々は核兵器の全廃を支持しました。決議にアメリカ、朝鮮、イランが反対し、中国、キューバなど8か国が棄権しました。アメリカが反対したのは、世界中が核兵器全面廃絶に向かって走り出すと核兵器を独占し、世界を支配してきたアメリカの世界戦略が根底から覆されるのを恐れたからです。

アメリカが決定権をもつ日本の核武装

 朝鮮の核保有と核実験を契機にして中川自民党政調会長や麻生外務大臣など要人が日本の核兵器保有についての議論を進める発言をしています。
 これについて安倍首相は、政府や党の機関として核武装について議論はしないが、それ以外の議論は自由であると容認する意向を示しました。
 日本が核武装するか否かは、まず日本の要求と能力によって決まります。日本の反動支配層と彼らと一体化した右翼は、かねてより一貫して日本独自の核武装をめざす野心をもちつづけています。
 日本には核兵器を製造する技術と経済力があり、核兵器製造に必要なプルトニウムも大量に備蓄されています。
 ところが日本の核武装は日本だけで進めることはできず、決定権は日本を支配するアメリカが握っています。

防衛のために闘う事はすべての国に認められた正当な権利

 1953年にアメリカと朝鮮の間で停戦協定が結ばれましたが、いつ戦争がはじまっても不思議ではない緊張した状況下に置かれています。
 このような中で朝鮮が防衛のために闘うのは正当な行為です。防衛のために闘うことが禁止されるならば、弱者はつねに大国の前で無防備なまま理不尽な攻撃を受け自らの自主性と生命を放棄しなければならなくなります。
 朝鮮の核実験と核兵器保有に対する非難の声だけが圧倒的に強い日本の現状は自然発生的に生まれたものではありません。
 反動支配層の意図にもとづいて作られた世論や感情に依拠して平和運動の方向が決まるのでは、実際に戦争を防止する平和運動の使命を果すことが出来ないばかりか、反動の意図にそって日本が侵略戦争へと突き進む役割を果すことになります。
 核兵器が地球上から完全に廃絶された方が良いのは当然です。核兵器だけではなく、あらゆる武器が一掃されるのに越したことはありません。
 しかし強大な軍事力を備え武力で侵略することを本性としている勢力が実在し先制攻撃を政策化し公然としている中で、危険にさらされている人たちに抵抗せず奴隷のように生きるべきだと対応することができるのでしょうか。
 いま世界ではたとえ死ぬことがあっても奴隷のように生きる道を選ぶ人はほとんどいません。

自国の生存権と自主権を守るのは正当な権利

 冷戦下の米ソ核軍縮競争時代には「あらゆる核に反対する」ことは実践的で有効なスローガンでした。しかし今日現実に核兵器を独占する国が核攻撃を公言して危険を醸し出しているなかで、大国の核保有には手をつけず核拡散に反対するというスローガンは事実上小国が核兵器を持つことに反対する役割を果しています。
 世界の核兵器2万7000発の97%はアメリカとロシアで独占しており核兵器五大国の核実験は2300回をゆうに超えています。
 核大国は核軍縮に動かないばかりか核軍拡に走り核兵器の実戦使用に動いています。
 開発途上国の核開発は平和的な産業エネルギー開発が主な目的であり、核兵器を保有するのは防衛のためであり一部の国のように世界支配や他国への侵略戦争策動を推進していくためのものでないことは明らかです。
 あらゆる国と民族は、自国の生存権と自主権を確固と守る正当な権利があり、何人もこの権利を蹂躙することは出来ません。