インタビュー

高齢者に映画の出前をして

河崎義祐さん(映画監督)


河崎義祐(かわさき よしすけ)
1936年福井市生まれ
60年東宝株式会入社、宣伝部、助監督をへて映画監督。主な作品「青い山脈」「あいつと私」「若い人」「プルメリアの伝説」「炎の舞」「残照」「挽歌」など。
主な著作「母の大罪」「死とともに生きる」「映画の創造」「美しい烙印」「映画、出前します」など。

 数多くの青春映画を制作し、現在はボランティアで高齢者に映画の出前サービスをしている河崎義祐監督にお話を伺いました。

人を活かす基本は愛

―映画制作はとても創造的なお仕事ですね。

 私は39歳のときに監督になりました。デビュー作は「青い山脈」です。特に映画青年というわけではなかったのですが、何もないところから多くの人と協力して一つの作品を完成させる映画にひじょうに魅力を感じました。
 もっとも影響を受けた方は黒澤明監督です。「どですかでん」という作品についたときには、一作で20作品分のことを学びました。
 黒沢監督は瞬間的に俳優やスタッフの人間性を見抜き、その人の良さを引き出すことにおいては天才的な方でした。人を活かす基本はその人にたいする愛です。

上映後の解説が好評

―還暦を迎えられたときに映画の出前を思いつかれたのですね。

 私は劇場に行けない寝たきりや一人暮らしの高齢者や行政のサービスを受けられない方に映画を自宅まで出前して観ていただきたいと思いました。今まで映画に携わった者としての恩返しの気持ちでした。しかし、実際には一人で観るのはもったいないと考えられるのか、近所の方を呼んだり、高齢者施設や老人会からの申し込みが多いですね。
 人気がある作品は邦画では「愛染かつら」「暖流」「麦秋」、洋画では「カサブランカ」「哀愁」「望郷」などです。良い映画は、時代を超えて人に感動と力を与えます。
 また、映画を上映した後は監督をしていた経験を生かして、俳優は実際はこういう人なんですと裏話をしたり、映画の背景を解説したりしていますが、その解説が好評なのです。観客の方に感想や青春時代の思い出を語っていただき、私自身も元気をもらっています。

―出前される範囲はどこまでですか。

上映後、映画の解説をする河崎さん

 横浜に住んでいるので関東が主ですが、岐阜や千葉くらいまでは行きます。映写機やスクリーンなどを車に積んで自分で運転して行くのです。一番遠いのは阪神大震災の後に行った神戸です。大阪へは新幹線で行ったこともあります。機材が全部そろっていたので身一つで行きました。
 観客は一番多い時で700人、少ない時はたった2人のこともありました。長く奥様の介護をしていた御主人と奥様でしたが、今でも心に残っています。途中で近所の方が観に来て3人になりましたが。
 8年間で約500回上映し、延べ約2万6千人の方が観ました。
 映画の出前がテレビで紹介されたことで、全国各地に要望があることがわかりました。私一人では限界があるので、いままで8年間つづけてきた「銀の会」をNPO法人化して全国各地で上映できるように計画しているところです。

―これからの日本はどの道をすすんだらよいとお考えですか。

 いま中国などと関係がよくなくなっていますが、日本はアジアの国々と仲良くしていかなくてはならないと思います。戦中、戦後の状況を自分の眼でみてきた世代として、国際的な理解が大事だと思います。日本はいまふたたび戦争をおこそうとする変な方向に向かっています。
 昨年10月、東南アジア、中近東、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカなどからの留学生に日本の文化を紹介するシネマサロンをおこない、楽しいひとときを過ごしました。
 豊かな経験をもつ高齢者がもっと発言していく必要があります。高齢者の存在感が増し、尊重される社会になるとよいと思っています。

(4月11日編集部でインタビュー)