インタビュー

人の役にたちたいという夢をかなえて

土井香苗さん(弁護士)

土井香苗(どい かなえ)
1975年 神奈川県生まれ。

東京大学法学部3年生のとき、最年少で司法試験に合格。
4年生のときにピースボートの世界一周の旅でアフリカの新独立国家エリトリアに行き、法律づくりのボランティアをしたり、難民キャンプを訪問する。

2000年 弁護士登録。
現在、全国難民弁護団連絡会議、原爆症認定集団訴訟弁護団に所属し、人権、平和問題を中心に精力的に活躍している。

 土井香苗さんは、最年少の21歳で司法試験に合格し、その直後東アフリカのエリトリアに行って、独立したばかりの国の憲法づくりに尽力されました。弁護士として難民問題や平和、人権のための活動に活躍している土井さんにお話を伺いました。

エリトリアの法務大臣に直談判

―国際派として活躍されていますね。

 高校生のときに犬養道子さんの「人間の大地」を読んで難民キャンプについて知り、第三世界のために役にたちたいと思うようになりました。
 大学4年生のときに、それまでの2年間司法試験の勉強に打ち込んでいた反動で、アフリカでボランティアをしたくなり、ピースボートの事務所を訪ねました。ピースボートでは、当時独立国なのにアトランタオリンピックに参加できないエリトリアを支援していました。法律をつくるお手伝いをしたらどうかと言われ、世界一周の船に乗ってエリトリアに行き、法務大臣にかけあって了承されたのです。エリトリアは30年間エチオピアとたたかって独立をかちとり、大国の援助を嫌う国として有名です。
 いまになって自分でも思いきったことをしたと思います。

難民に冷たい国日本

 日本は難民を受け入れることを約束した難民条約を批准しているのにもかかわらず、難民を強制収容所に入れたり、強制送還したりしています。日本にいけば助けてもらえると思い、苦労して日本にきたら強制収容所に入れられてしまい、自殺未遂をしたり、うつ病になったりしている難民がたくさんいます。
 2001年にアメリカは難民を2万8300人、ドイツは2万2000人認定しているのにたいして日本はわずか26人です。
 わたしは難民が強制収容所から釈放されるように裁判を起こしたり、国会議員に請願したりしていますが、なかなか一筋縄ではいきません。

若い世代に期待

 韓国では、大統領選挙の際にインターネットをつかってノムヒョン大統領を当選させました。どうしてそんなことができたのか知りたくなって先日韓国に行ってきました。
 登録した3万人の市民記者が記事を発信するインターネット新聞が力を発揮し、新しい世代が政治を動かしています。
 わたしは中学・高校のときにいろいろな本を読み、社会や人の役にたちたいと思いましたが、多くの人もみんな同じ気持ちをもっていると思います。でも社会に出てからその思いを活かせる場がなく、いつしか忘れてしまうのです。わたしの場合は自分のやりたいことが仕事になり、ラッキーだったと思っています。
 わたしたちと同じ世代がどんどん外国に行き、国際的にも活躍しています。わたしは自分もまだまだ若いと思っていますが、若い世代に期待しています。

東北アジアを平和に

―これからの抱負は何ですか。

 日本が平和な国になることですね。いまや日本が世界の脅威となっています。韓国も日本にたいして脅威を感じていました。
 朝鮮半島でもアメリカが戦争の引き金を引こうとしているのに、アメリカに追随していくことは危険です。
 やはり隣の国とは仲良くして安全保障体制を築いていくことが、東北アジアを平和にしていく道だと思います。そのためには過去の清算もしていかなくてはなりません。

(10月17日編集部でインタビュー)